TSUZAKIレポート
ポール・ジロー エヴォリューション・ツアー2009
2009年10月 二度目の来日となるポールジロー氏によるセミナーが、ジャパンインポ-トシステム社による主催で東京、大阪、福岡の3ヶ所で開催されました。
プロフェッショナル限定のセミナーながら参加者は延べ700人に及びその高い人気と関心の高さが伺えました。会場ではコニャックの熟成による味わいの進化を貴重な古酒やまだ製品化されていないビンテージのサンプルをポールジロー氏から直接セミナーを受けながらテイスティングしました。
そのセミナーでのポールジロー氏の講演内容の要約を、写真と併せてご覧いただくことで、ポールジロー氏の熱い思いとこだわりを皆様へお伝えする一助になれば幸いです。
みなさんこんにちは!
ようこそ、このセミナーにご参加いただいてありがとうございます。私はポール・ジローです。
私は2度目の来日ができ、皆様とこうしてお目にかかる事ができて本当にうれしいです。
今年は2年に一度のヴィネスポもあり、なにかと慌しい年でした。準備を進めながらも時には写真でご覧の通りセラーの樽から樽へ飛び回りながら頑張りました。
私は恥ずかしながら仕事を進めるのが少し遅いため、ジャパンインポートシステム社の方からも随分せかされながら準備を進めてどうにか来日できました(笑)。
では、まず私のコニャック作りについて大まかに説明しましょう。
この写真は私の畑のものです。グランシャンパーニュ(以下GC)に位置しております。このGCは最高品質のコニャックを作るうえで必要とされる繊細なアロマや複雑さなど要素を葡萄にあたえる最も適した地区といわれています。このような地区に畑を持つことは非常に幸運だなあとはいつも思うのですが・・・。
あえて一点だけ難点を挙げるとすれば熟成までに非常に時間がかかるということくらいですね。そういった意味ではわれわれ造り手には大きな忍耐が求められる地区でもあるのです。
さて、皆さんは通常コニャックを飲む場合は、瓶につめられ最終的に製品化されたものということにはなるのですけども、私の場合は瓶詰めされるまでに携わっているわけです。私から見た場合、やはり味わいを決める最も重要な要素は葡萄の出来次第だと実感しています。ですから一年中とにかく畑に出ることで葡萄の生育を注意深く見守っているのです。
肝心な「葡萄の品質をいかに高めていくのか」ということですが、これはあくまで自然が導く方向にそって育てていくということに尽きるのです。我々が最終的にこのような味わいが欲しいからといって自然に逆らうような、強引な栽培方法を採ることはないのです。
あくまで自然の中での流れにまかせ雨が多ければ多いなりに、日照が多ければ多いなりに、その与えられた気候のなかで無理なく自然に寄り添うような気持ちで栽培に取り組んでいるのです。
また、栽培中に良いもの育てるということも重要なのですが最高の品質のコニャックを作るには収穫も非常に重要です。
私達は全て手摘みでおこないます。これはとにかく手間がかかりますので現在のコニャックの造り手では非常に珍しいのではないでしょうか。
しかし一年間手塩にかけて育てた葡萄が(機械による)荒っぽい収穫では傷ついてしまいます。そんなブドウが混ざってしまえば、その一年間の栽培の労苦が一瞬で水泡に帰してしまいますので、愚直に手摘みにこだわっているのです。
その丁寧に収穫した葡萄は写真に写っている搾汁機でジュースにしていくのですが、この搾汁機も空気圧でバルーンを膨らまして非常にソフトに搾るタイプなのです。
ちょうど手のひらの中で優し果実をつぶすようなイメージです。二つの大きなバルーンが膨らむことでゆっくりと葡萄をつぶしジュースを搾り取ってゆきます。このような方法で丁寧につくっているので皆様にそのままお楽しみいただけるような美味しいジュースができるのです。
先ほどあくまで自然の中にとけこんでいるように作っていると言いましたが、2007年、2008年はやや葡萄の栽培にはやや難しい年でした。その状況下でもでベストを尽くしどうにか納得のいくクオリティの高いぶどうを育てることができました。
ちなみに今年2009年は今のところ最高に良い気候です。おそらくこのままいけばすばらしいジュースをお届けできるのではと期待しています。
そのように丁寧に搾ったジュースはもちろん皮や種は一切破砕混入しませんので青臭さや苦味の無いクリーンな味わいになります。このジュースを発酵させワインを造りそのワインを蒸留してコニャックを造っていきます。
その蒸留は基本的には冬の間に行います。
具体的には10月から11月に収穫した葡萄は2月までに発酵させてワインをつくります。このワインは2月から3月に蒸留します。コニャックの法律では3月31日までにその年行う全ての蒸留を終えることが義務付けられておりますので、毎年そのタイミングを計りながら全ての作業を進めていきます。
そしていよいよ蒸留についてですが、この作業が一年間栽培から収穫、醸造と苦労してきた作業の仕上げであり、コニャックとしていかなるものができるかが決まるわけで、その成果が問われる瞬間でもありますので、とても緊張する瞬間なのです。
でもとても好きな瞬間でもあります(笑)。
ちなみに70から72度のコニャック原酒1Lをつくるのに9Lのワインが必要です。
この蒸留した原酒は熟成樽に入れて熟成していくわけですが、本日擬似的にではありますが皆様をセラーにご案内したいと思います。
私は本日お持ちしたビンテージはもちろん全ての樽をこのトペットという道具を用いてサンプリングしてテイスティングを行っております。皆様もこのトペットを手にしたような気持ちでご覧下さい。
さあ、いまドアを開けて皆様をセラーの中へお連れしました。
まずはこのセラーの特徴を皆様にお伝えしましょう!
私は現在4つのセラーをもっております。そのセラーは森の入り口にたっておりまして、非常に湿度が高いのが特徴です。理由としては森にふった雨水を木の根と土壌がが保水しており、まわりにゆっくりと染み出してゆくのです。その水は小川となり私のセラーの中も流れています。
また、セラーの床は露地でその上に樽を置いています。その土壌は、粘土質で非常に多くの水分を保持することができるのです。常に床面は水分があり雨の多い時期は床に水溜りができるほどなのです。この水分によってセラーの室内の湿度は非常に高く保たれておりこの湿度がコニャックの熟成に非常に重要な役割を果たしているのです。
高い湿度のセラーでの熟成は、甘さや滑らかさをコニャックにもたらします。逆に乾燥したセラーではドライさやスパイスのつよい要素をもたらします。
もちろん、この環境は私が望んで造り込まれた環境ではないのです。
あくまで自然な湧き水が小川をつくりセラー内を流れ出し、結果的に高い湿度となったのです。この高い湿度のおかげで熟成も早く進むのです。
また、この湿度によって度数が早く落ちます。15年または25年の熟成で45度前後まで下がります。
基本的には私どもがリリースする長期熟成のボトルは加水は一切行いません。
この湿度の高さを示すものとして、セラーの中に生えたきのこの写真をご覧下さい。
きのこが生えるほど高い湿度なのです。実は、セラーに生えるこのきのこは、葡萄の栽培に係わるサインを出してくれています。
このきのこは新月の3日ほど前に生えてくることが多いのですが、このセラーの中きのこが生えるとその数日後にはブドウ畑に「ミルリュー」というきのこが生えることが多いのです。「ミルリュー」とは葡萄にとってはあまりありがたくない悪さをするという言わば「葡萄の敵」なのです。
セラーの中にきのこが生えたら天候や葡萄の状態に注意しながら葡萄の木に銅溶液をとかした液体を散布するなどして病害の予防に努めます。よりよい葡萄をつくるため自然の中に溶け込んで栽培しておりますので、このような自然のサインに目を凝らしながら作業を進めているのです。
これはあくまでも今までの経験に基づいて自然の変化をキャッチする一例ではありますが、まあ、基本的にはすべての作業を経験と観察に基づいて進めていくことにしています。私自身の経験はもちろん大きく反映しますが、私の父や祖父から受け継いだ方法も基本として実践しております。
では、ここから実際に皆様にサンプルをお試しいただきたいと思います。
これだけのサンプルの数をそろえましたのは、皆様にエボリューション(進化)を体感していただきたかったからに他なりません。
この後いろいろなビンテージをお試しいただくわけですが大まかなテイスティングの指針としてコニャックの熟成は三段階に分類することができるということをお伝えします。
まず若い物はフローラル(花)のかおり、特にポール・ジローでは、スミレのような香りを感じていただけるかとおもいます。フローラルなかおりは熟成が進みますとフルーツのこってりとした味わいへと変化していきます。更に熟成が進みますとスパイスへと変化してゆきます。
この三つの段階の変化、どの段階で次のアロマがでてくるかというところに気をつけながらお楽しみいただければとおもいます。
また、度数について申し上げますと、最初の3つのビンテージ(2000、1998、1995)はまだまだ度数が高いので、そのあとのカスクストレングスのビンテージの度数に合わせて45度から48度にまで加水をしております。
ほぼ同じ度数とすることによって純粋に熟成による変化を体感していただけるものとおもいます。1986年以前のビンテージはすべてカスクストレングスでお持ちしておりますが、これは自然と45度前後まで下がる熟成期間はへております。
では先ず「2000年」からお試しいただきます。まだまだ若いのでアルコールを強く感じるのではないかと思います。ただその強い香りの中にもポールジローの特徴であるスミレやイチハツの花の香りを感じ取っていただけるのではないでしょうか。
次のサンプルは1998年です。ご存知のお方も多いかと思いますが、以前、私は通常栽培と異なるビオディナミ農法を一部の畑で試みたことがあります。このビオディナミのボトルが昨年JIS限定ボトルでリリースされましたが、今回のサンプルは、ビオディナミではなく通常の栽培の葡萄で仕込まれたボトルです。もし、ビオディナミも飲まれた方はその違いにも注目されてみてはいかがでしょうか。
また、本日お持ちしたサンプルは2009年7月の同時期にボトリングを行いました。よって熟成期間は純粋にビンテージに応じて長くなっています。先ほどのサンプルとわずか2年の熟成年数の違いではありますがその違いは明らかで、熟成感が味わいにでて柔らかくなっているのがお分かりいただけるかと思います。
では1995年に移ってみましょう。
この1995はそのポテンシャルを見た際に早く熟成させたほうが、より良くその能力を開花させると思いまして、小さめの樽に入れて熟成をはかりました。このビンテージは、私は大好きなビンテージでして、ブートビル村のテロワールをそのまま体現したような丸みがあり、フルーティな香り溢れるバランスの良いコニャックに仕上がっていると思います。
樽のサイズですが350Lと400Lの2種類を使用しました。
次に
今日皆様にお試しいただいておりますこの樽の熟成のピークはあと20年後ではないかと考えております。
次は1979年です。このビンテージはこのたびの
なぜこの樽を選んだかともうしますと、私自身が理想とするコニャックの味わいを持った樽だったということなのです。最初に申し上げた熟成の過程である花からフルーツへと変化が完全になされたことがお分かりいただけるかと思います。
この商品化した「トペット」という名前についてですが、この写真でご覧ください。
私が樽からサンプリングを行っている道具の名称なのです。
これは三代前私の祖父から使っておりまして約150年ほど前からずっと受け継いできた道具です。
この道具を用いてサンプルを取り出しているところやグラスに注いでいるところを私自身が描いたものをラベルとして商品化しました。
では1973年のサンプルに移りましょう。このサンプルについては徐々にスパイスや革製品のニュアンスが出始めていることを感じていただけるかと思います。
1962年をお試しください。このビンテージは現在私が保有する原酒の中では2番目に古い原酒となります。一番古いものは次にお試しいただきます1959年なのですがこのボトルは現在販売しております。
(注:ポールジローデキャンター)
この原酒である1959年の樽が枯渇次第にこの年代に随時変更となります。その味わいもスパイスの中でもとくに胡椒のようなニュアンスが強く効いております。
ではいよいよ最後のコニャック1959年に移りましょう。
この原酒はスパイスが香りがしっかりと感じられ、クローブや胡椒またはハバナ産シガーの香りなどを感じていただけるものとおもいます。この原酒は多くのジャーナリストが記事にして紹介していただいております。
その多くが非常に好意的で賞賛していただけております。それがお世辞でなければよいのですが・・・。
その中で私が最も気に入っている記事で、
「このコニャックを飲むとまるで口の中で孔雀が羽を広げたようにアロマが広がってゆく」
と表現していただけたことがあります。個人的にもすばらしい表現だなあと思いました。
皆様もぜひその孔雀を感じながらこのすばらしい原酒をお試し頂ければと思います。
今日は過去の50年に渡る熟成をみてきましたが、熟成の進化とはもちろん未来へと続いてゆきます。実は、今日皆様にぜひお話させていただきたいのが1999年というビンテージです。
コニャックではシングルビンテージ゙についてボトルにその年号を明記することは法律で禁止しています。ただこのビンテージに限って私は全ての原酒を独立したセラーで熟成させています。
セミナーの中で私は4つのセラーをもっているといいましたが、実は、その中のひとつは1999年だけのためのセラーなのです。
もちろん、現在、1999年は全てそのセラーに入っております。また、他のビンテージとブレンドさせるために取り出すことはありません。
1999年の時点で協会の特例的承認はとりました。
今のところ、まったく商品化のめどは立っていませんが、製品化の段階でコニャック協会が覚えていてくれたなら正式にリリースすることができるでしょう。
もしそのとき協会が忘れていたら・・・
刑務所おくりになるかもしれないですね(笑)。
さてこれにてセミナーは終了です。
隣の部屋でのフリーテイスティングにご案内します。
実は私のセラーの雰囲気を味わっていただくために樽を1つ持ち込みました。
この樽は来日記念ボトル、『トペット79』を熟成していた樽そのものです。
ぜひ触れてみてください。
ご清聴ありがとうございました。